対米従属の歴史

   対米従属という国家戦略が形成されたのは朝鮮戦争後である。1953年の朝鮮戦争停戦後、55年に保守合同で米国の冷戦体制への協力を党是した自由民主党が結成された。

 

 経済的には、日本企業が米国から技術を供与されて工業製品を製造し、その輸出先として米国市場が用意されるという経済的な対米従属構造が作られた。財界もそれを歓迎。日本の官僚機構は、これらの日本の対米従属戦略を運営する事務方として機能した。

 

   また、米軍の日本駐留においては、日本の防衛という戦略的理由からではない。勿論、日米関係に関わる話でもなく日本国内の政治関係に基づく話である。日本の官僚機構が、日本を支配するための戦略として、「日本は対米従属を続けなければならない」と国民に思わせ、そのための象徴として沖縄に米軍基地が必要だったのである。